墾田永年私財法って三世一身法の反省から成立したって事になっとる訳ですけど、現在における裏の墾田永年私財法って生活保護の仕組みなんじゃねーの?と極論
ノーリスクでローリターンより少し上の仕組みに組み込まれたらそりゃ最低限あっていただきたいモラルも崩壊した人格になるんじゃねぇのか?抜けられないって。人間いつかというか常に突然死と隣り合わせな訳なんだから。こーいう仕組みで飼われていたら抜けらんないだろうかと。
しかしまぁ日本でよく括られる右左のイデオロギーなんてのはあくまで国内限定のレッテル張りで、どーも個人が優先される日本の左の言説は本来相反するであろうサッチャリズムそのものなんで、これはまぁただの個人主義の異形だから金子勝とか佐高信とか日本総研とか社青同とかカクマルとか民主党とか自民党ハト派とか共産党とか社会党か公明党とか大江健三郎とかそーいう仕組みは個人だけつーか自分だけの小さい世界を守るためにいろいろ犠牲をつくっとるんでいただけない。ここいらがすることは揚げ足取りで正論いわねーんだから、むしずがはしりますけど、もし人知れず身銭を切っていたらごめんなさい。
しかし狂ったイデオロギー空間ですな、この国
いくらいくら貯まったら財団作るのが夢なんて人を見ましたけど、いくらいくら貯めるなんていう個人的な都合を言う前に作れって、自分ありきで綺麗事はアホそのものですなぁ
中国やらソ連に働きかけようとしない反戦活動屋とか、韓国北朝鮮中国やら元西欧列強に議論を吹っかけない大日本帝国否定論屋とか、脱原発は兎も角端から反原発な昔の活動屋、みんなどうかしているとしか思えない。
ここまで自由な国って最低で最高ですか?